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1.教育の『教』は教え指導すること、『育』は子供たちが自ら育つことと心得よ

⇒『教』と『育』の絶妙のバランスを考える。

「教育」という言葉は「教」と「育」から成り立っています。「教」は「教えること」。「育」は子供が「自ら育つ・自ら学ぶこと」だと考えることができます。

「教えること」は、実はとてもかんたんなことなのです。教材をどうするか、カリキュラムをどうするか、テストをどうするか、あるいはどのようにすれば子供たちが解りやすいか、といったことを考えて実行すればよいのです。しかし、「教育」の「育」、つまり「自ら育つ・自ら学ぶ」ことを、どのように子供たちに体得させていけばよいのかということに、マニュアルはありません。子供たちが10人いれば10通りの方法論があるでしょうし、あるいは子供の成長に応じた方法論もあるでしょう。ですから、「自ら育つ・自ら学ぶ」ということを教育の中心にするのは、実に難しいことなのです。

たとえば、子供たちが質問に来るとします。その質問に対して熱心に指導している先生の姿をみて、ご父母の皆さんはプラスのイメージをお持ちだと思います。一方、質問に来た子に対して「先生忙しいねん。解説をみてもう1回考えてみーよ」という先生はどうでしょうか? マイナスのイメージを持たれるのではないでしょうか。でも、子供たちにとって「力」がつくのは、あきらかに後者の先生のやり方なのです。子供たちにとって「教えられること」=「解ったこと」とはなりません。往々にして「教えられること」=「解ったような気がする」となります。では「解る」ためには何が必要なのでしょうか? それは、自分で解説を読んで、苦しんだすえ「ああそうか!」と納得することなのです。

しかし、この質問に来た子が根本的に理解していない場合はどうでしょうか? 後者のやり方では子供はいくら考えてもおそらく時間の無駄となるでしょう。ある程度まで教えてから「あとは解説を見て考えなさい」と指導してあげるべきです。つまり「自ら育つ・自ら学ぶ」ことを体得させるためには、そこまで子供に「教えておく」ことが必要となります。このように、「教」と「育」はそのバランスを常に考えていくことが必要です。その絶妙なバランスの上に「教育」があると、私どもは考えています。

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